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東京地方裁判所 平成8年(ワ)17240号 判決 1998年3月23日

原告

株式会社オリエントコーポレーシヨン

右代表者代表取締役

新井裕

右訴訟代理人弁護士

村田茂

矢吹誠

中根茂夫

若尾康成

被告

五十嵐力

右訴訟代理人弁護士

岡本敬一郎

主文

一  被告は、原告に対し、金二五一万七〇〇〇円及びこれに対する平成八年二月二八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、割賦購入斡旋を目的とする株式会社である。

2  原告は、平成七年一二月六日、訴外エクシング株式会社(以下「エクシング」という。)との間で左記の立替払契約を締結した(以下「本件立替払契約」という。)。

(一) 原告は、エクシングが平成七年一二月六日訴外有限会社西東京機材(以下「西東京機材」という。)から購入したプレクスターAR(印刷用設備。以下「本件機械」という。)の代金三〇〇万円を西東京機材に対し立替払いする。

(二) エクシングは、右立替金及び手数料七八万〇三三三円の合計三七八万〇三三三円を、平成八年一月二七日限り六万三三三三円、平成八年二月から平成一二年一二月まで毎月二七日限り六万三〇〇〇円ずつ支払う。

(三) エクシングが右割賦金の支払を一回でも遅滞したときは、期限の利益を喪失する。

3  被告は、原告に対し、平成七年一二月六日、右債務につき連帯して保証する旨約した(以下「本件保証契約」という。)。

4  原告は、平成八年一月五日、西東京機材に対し、三〇〇万円を立替払した。

5  エクシングは、平成八年二月二七日分の支払いを怠り、同日の経過をもって、期限の利益を喪失した。

6  よって、原告は、被告に対し、本件保証契約に基づき、右立替金残金二五一万七〇〇〇円及びこれに対する期限の利益喪失日の翌日である平成八年二月二八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告とエクシングが、同(一)ないし(三)の内容の立替払契約を締結したことは認める。

しかし、本件立替払契約は、西東京機材からエクシングへの商品納入を伴わないいわゆる空クレジット契約である。西東京機材の代表取締役岩井達芳(以下「岩井」という。)は、エクシングの代表取締役中馬賢治(以下「中馬」という。)と共謀して、クレジット契約の目的外利用を図り、原告から西東京機材に振り込まれた立替金を金利と思われる七万円と送金手数料を除いて直ちに岩井個人の名義で中馬個人の銀行口座に振り込んだものである。残存する法律関係は、岩井と中馬間の個人的な金銭消費貸借契約といわざるをえない。

3  同3の事実のうち、被告が原告に対して連帯保証の意思表示をしたことは認める。

しかし、前記のとおり、本件契約の実体は岩井と中馬間の個人的な金銭消費貸借契約にすぎないものである。買主のためにクレジット契約の連帯保証人となったものが負うべき保証債務の範囲は、売買代金、履行遅滞の場合の遅延損害金、解除の場合の損害賠償、商品返還義務、商品返還義務が履行不能の場合の填補賠償等に限られ、売主の代表者が個人的に買主の代表者に対してクレジット契約を機にクレジット会社に無断で貸し付けた個人的な金銭消費貸借契約上の弁済義務にまでは及ばない。

4  同4、5の事実は不知。

三  抗弁

1  抗弁1(錯誤)

(一) 中馬は岩井と共謀して、売買物件の引渡しを伴わない金銭消費貸借のための空クレジット契約を締結した。

被告は、本件保証契約を締結する際には右事実を全く知らず、本件立替払契約は売買物件の引渡しを伴う真実のクレジット契約であると誤信していた。

(二) もし、本件立替払契約が売買物件の納入という実体のあるクレジット契約であれば、クレジット会社は主債務者の支払いが滞れば売買物件を引取って残元本中かなりの部分を回収することが出来る。連帯保証人も、主債務者に代わって代位弁済した際に、弁済者の代位により、クレジット会社が売買物件に対して保有していた担保権を実行できる。特に、本件のように主債務者の履行遅滞、期限の利益の喪失が本件立替払契約締結の一か月後に生じ、売買物件の価値の下落も少ない場合、クレジット会社は相当部分の債権を回収出来たはずである。しかし、空クレジットの場合には担保となるべき商品が存在せず、主債務者に履行遅滞が生じた場合には、保証人に金銭消費貸借契約の連帯保証人並の責任を負わせることになり、予想外の責任を負わせることになる。以上からすれば、本件保証契約が実体のあるクレジット契約についての保証か、空クレジット契約についての保証であるかは本件保証契約に重大な影響を与え、右の点の誤信は保証契約の意思表示の要素の錯誤に該当する。

(三) 仮に右誤信が本件保証契約における動機の錯誤であるとしても、本件立替払契約及び本件保証契約は同一書面(以下「本件契約書」という。)上において締結されており、本件契約書には販売店の西東京機材が表示され、商品として本件機械が特定され、かつその購入代金が三二七万円であると表示されており、本件立替払契約が架空のものであることを推認させる記載はない。被告がかかる本件契約書を真実のものと信じて連帯保証をし、本件契約書が原告にも交付されていることからすれば、被告の右動機は原告に表示されているといえる。

(四) 以上からすれば、本件連帯保証契約は、錯誤による意思表示として無効というべきである。

実質的にみても、クレジット会社は販売店からの商品納入の事実について確認する様々な手段を有しているのに対して、連帯保証人には右事実を調査する手段がない。本件事件は、エクシングの故意とそれを看過した原告の過失により引き起こされた事件であり、何らの落ち度もない被告にその責を負わせるのは相当とはいえない。

2  抗弁2(本件機械の引渡し欠如による支払拒絶)

原告の立替払いの原因をなしている売買契約は、商品の納品がないから、被告は、主債務者の抗弁権を援用して、売買代金支払義務の保証債務につき支払を拒む。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(一)の事実は不知。

(二)  抗弁1(二)は争う。

立替払契約における連帯保証契約とは、主債務者がクレジット会社に立替金を販売店に支払うことを委託し、分割手数料を加算した額をクレジット会社に分割金として支払うことに対して、保証人は主債務者の支払いが滞ったときに、主債務者に代わってその支払いをなすことを内容とするものであり、それは空クレジットの場合であっても異なるところはない。しかも、クレジット会社は、主債務者の支払いが滞り、期限の利益を喪失した場合にも商品を引き揚げる義務があるわけではなく、商品の引き揚げをせずに連帯保証人に対して請求することは何ら差し支えないのであるから、立替払契約が空クレジットであるのか実体のあるクレジット契約であるかにより連帯保証人の責任には何ら差異はない。

以上からすると、本件保証契約においても、被告が本件立替払契約が空クレジット契約であることを知っていれば、本件保証契約を締結しなかったとは当然に認められるものではない。

仮に右事実が認められるとしても、被告が本件立替払契約を実体あるクレジット契約と誤信したことはいわゆる動機の錯誤にすぎず、かかる動機が原告に表示されていない以上、本件保証契約の効力が失われるものではない。

(三)  抗弁1(三)の事実のうち、被告の動機が原告に表示されているとの点は否認する。

(四)  抗弁1(四)は争う。

2  抗弁2の事実は不知。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1の事実(原告)は当事者間に争いがない。

2  請求原因2の事実のうち原告とエクシングが同(一)ないし(三)の内容の立替払契約を締結したこと、同3の事実のうち、被告が原告に対し連帯保証の意思表示をしたことは当事者に争いがない。

被告は、本件立替払契約は、エクシングの代表取締役中馬が西東京機材の代表取締役岩井と共謀してクレジットの目的外利用を図るため締結した商品納入を伴わない空クレジット契約であること、原告から入金された立替金の大部分が岩井の個人名義で中馬の個人名義の銀行口座に振り込まれていることから、現在の本件契約の法律関係は、岩井と中馬の個人的な金銭消費貸借があるにすぎないと主張し、買主のためにクレジット契約の連帯保証人となった被告は、売主の代表者から買主の代表者への個人的な金銭消費貸借上の弁済義務まで負うものではないと主張する。

しかし、甲第一号証及び丙第一号証によれば、契約としては、原告とエクシング間の本件立替払契約、原告と被告間の本件保証契約、エクシングと西東京機材間の売買契約の意思表示がなされ、各契約が成立しているものと認めざるを得ないものであり、原告は、本訴において、本件保証契約に基づき、エクシングの原告に対する立替金返還債務の保証債務の履行を求めているのである。本件保証契約が空クレジットであるからといって、直ちにエクシングの立替金返還債務あるいは被告の保証履行債務が存在しなくなるものではなく、本件立替払契約が空クレジット契約であることは、各契約の有効性についての判断に影響するにすぎない。被告の主張は採用することができない。

3  証人荒江久仁子の証言及び弁論の全趣旨によれば、同4(原告の西東京機材に対する立替払い)及び同5(期限の利益の喪失)の各事実が認められる。

二  抗弁1(錯誤)について

1  乙第一、第二号証、丙第二、第三号証、証人荒江の証言及び弁論の全趣旨によれば、エクシングは印刷物の作成、企画等を目的とする会社であり、中馬が代表取締役社長で、荒江は当時中馬の妻で、取締役であり、被告は、エクシングに入社したが、同社の業績不振により平成八年四月一九日に解雇された者であること、西東京機材は印刷、製本、製版の各種機械及び資材の販売を目的とする有限会社であり、平成六年ころからエクシングに印刷機械の販売をする等の取引をしていたこと、エクシングは本件機械を本件立替払契約とは別に近畿リースとのリース契約で購入し、平成七年一一月初旬に本件機械は納入済みであったが、中馬は同年一〇月中旬頃年賀状印刷に使用する年賀状購入資金を捻出するため、本件機械を購入する形を取った空クレジットを計画したこと、被告は、中馬の依頼により同年一二月六日、本件契約書に署名捺印したが、その際、被告は、本件立替払契約が空クレジット契約であることは知らず、被告が右事実を知ったのは、翌年四月ころエクシングが従業員を全員解雇して事実上倒産した時点であったこと、本件契約書のエクシングの銀行口座番号の記載は荒江が記入する等して、本件立替払契約が締結されたこと、本件立替払契約締結当時、原告は本件立替払契約が空クレジット契約であることは知らなかったこと、もっとも、平成六年一二月まで原告会社に勤務して次長の経験があり、平成七年一月にエクシングに入社した吉田裕が、原告会社と書類のやりとりをしていたので、原告はエクシングとの取引について審査等は十分しなかったこと、平成七年一二月二〇日過ぎころ、原告から西東京機材に、本件立替払契約に基づく立替金が入金されたこと、そのころ、中馬は岩井にエクシングの資金繰りの都合のため、右入金された立替金の借入れを申込んだこと、そこで、西東京機材の代表者岩井は、同年一二月二八日、中馬から、西東京機材には一切迷惑をかけないとの念書を徴した上、翌二九日、右入金された立替金から七万円と振込手数料七二一円を控除した二九二万九二七九円を岩井個人名義で、中馬個人の銀行口座に振り込んだこと、エクシングは、本件立替払契約の他にも空クレジットや空リース契約を締結していたが、そのほとんどはカラオケ機械の購入に際してのものであったこと、エクシングは、業績が悪化して立替金を支払うことができなくなったため、平成八年三月、本件が空クレジットであるとの事実を原告に告白したこと、本件立替払契約には、本件機械の所有権は西東京機材から原告に移転し、原告に対する債務が完済されるまで所有権が留保される旨の特約(所有権留保特約)、及びエクシングが支払いを一回でも遅滞し、原告から要求されたときは、直ちに本件機械を原告に引き渡し、原告が客観的にみて相当な価格をもって本件立替払契約に基づく債務及び商品等の引取り、保管、査定、換価に要する費用の弁済に充当することができる旨の特約(商品と引取り及び評価充当特約)があること、本件保証契約と本件立替払契約とは本件契約書において同一書面上で締結されており、本件契約書には、販売店である西東京機材、商品である本件機械、商品購入代金額が表示されていることがそれぞれ認められる。

2  以上の認定事実を前提に判断する。

本件立替払契約のようなクレジット契約は、クレジット会社が販売店に商品代金を立替払いし、主債務者はクレジット会社から右代金相当額の融資を受けるもので、その担保として商品の所有権をクレジット会社に留保し、この立替払金に所定の金額を加算した額を契約所定の方法により割賦償還するものであり、その性質は、クレジット会社が顧客並びに販売店の双方に金融の便宜を与えるという金融の側面を有するものである。かかる立替払契約の金融的性質は、実体あるクレジット契約の場合であっても、空クレジット契約の場合であっても異なるところはない。

もっとも、本件立替払契約が実体あるクレジットであったならば、商品引取り及び評価充当特約により、原告はエクシングが分割金の支払いを怠った場合には本件機械を引き取った上で客観的に相当な価格をもって主債務等に充当でき、その限度で保証人の債務も減額される。また、被告が代位弁済した際も、原告の有していた本件機械についての担保権を実行できたはずである。ところが、空クレジット契約である本件立替払契約の場合は、本件売買契約に基づく本件機械の引渡しがなく、商品の引取りによる主債務への充当はなされないし、保証人が弁済しても担保権は実行できない。こうして、空クレジット契約における保証人は、いわば金銭消費貸借の保証人と同様の責任を負う法的地位に立つことになり、この点で本件立替払契約が実体のあるクレジット契約か空クレジット契約かで保証人の法的地位の相違が生じることになる。

しかし、商品引取り及び評価充当特約によりクレジット会社に商品を引き取る義務が発生するわけではなく、クレジット会社は商品の引取りをせずに、連帯保証人に請求することは何ら差し支えない。しかも、担保となる商品は、一般的に、いったん買主においてその使用を開始した後は客観的価値は急速に低下し、特に印刷機械である本件機械の場合には用途の特殊性から換価性に乏しく、担保的機能がどの程度期待できるか疑問である。そうしてみると、保証人にとっては、支払総額、割賦金の額等が重要であり、商品の担保価値を考慮して保証契約締結の可否を決するとは通常考えられないことであって、それは、たまたまエクシングの履行遅滞、期限の利益の喪失が本件立替払契約締結の一か月後に生じた本件保証契約の場合も異なるところはないというべきである。

以上からすると、本件において、被告は主債務が金銭消費貸借契約上の債務とほぼ同様の性質を持つ空クレジットであることを知ったならば原告と連帯保証契約を締結しなかったとは直ちに認めがたく、客観的にみても、通常人であれば連帯保証契約を締結しなかったとは必ずしもいうこともできない。さらに、本件保証契約の主債務の発生原因も金銭消費貸借契約類似の立替払契約であることも鑑みると、本件保証契約において本件機械の引渡しの有無は被告にとってさほど重要な意味をもたず、右契約の意思表示の要素には当たらないとみるべきであり、右の点についての誤信はいわゆる意思表示の動機に関する錯誤にすぎないというべきである。

そして、被告の本件保証契約は本件立替払契約と同一書面である本件契約書上でなされ、本件契約書上には、販売店の西東京機材、商品としての本件機械、商品購入代金額の表示がなされてはいるものの、主債務が商品の引渡しのある立替払契約であれば連帯保証契約はするが、単なる消費貸借であれば連帯保証をしない旨の動機が表示されたものと認めることはできず、他に右動機が原告に対して表示されたことを認めるに足りる証拠はない。

なお、保証契約において主債務の発生原因が正常な金銭消費貸借契約である場合と空クレジットという手段により資金調達を目的とした場合とでは、社会的実態として、主債務者の返済の確実性及び保証人が予測すべきリスクにつき相違が生じ、本件保証契約においてもかかる相違点についての被告の誤信が存在するともいいうる。しかし、かかる主債務者の資力、信用力に関する誤信は、保証契約の意思表示の要素に関するものとはいえず、動機の錯誤にすぎないし、本件契約書上に右動機が表示されていると認めることはできず、他に右動機が原告に対して表示されたと認めるに足りる証拠はない。

したがって、抗弁1(錯誤)の主張は理由がない。

三  抗弁2(本件物件引渡し欠如による支払拒絶)について

被告は、本件機械は引き渡されていないから、主債務者の抗弁権を援用して、売買代金支払義務の保証債務につき支払いを拒むと主張するが、本件売買は、主債務者であるエクシングにとって商行為に当たるから、同社は右支払いの抗弁を主張することはできないので(甲第一号証の「保証委託契約及び立替払契約についての共通事項」八条(5)①、割賦販売法三〇条の四第四項二号)、被告の主張はそれ自体失当である。

四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官満田明彦)

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